所属していた大学美術部の新聞に寄稿しました。

「違和感のない表現」
 
 
 
哲学科に在籍した当初から、理論ではなく創る側にどうしても回りたかった自分。美術部で絵を描いているだけでは満足できず、中退して陶芸界に飛び込んだのが今から40年も前の話です。
 
 
 
益子の登り窯の作家について3年、京都の前衛作家の元で5年、そして焼き物の産地ではない地元・足利にポツンと独立して30数年間。 いまだにやめずにしがみ付いているということは、余程儲かる?     いえいえ、それはまずアリエナイ!   儲かるどころか、同僚の半数はこの世界から泣く泣く撤退してしまっているのが悲しい現実なのです。何とか踏み止まっていられるのは、幸い優しいお客様に恵まれたからです。また、自分には居心地が良くて、性に合っていたとも言えます。自分の表現したいものを作り、それで他人に喜ばれる快感!人びとの生活に潤いを与え、何世紀も先まで残り得るものを作り出す快感!これを一度味わってしまったら、この世界から足を洗うなんてことはもはや考えられなくなってしまう。実際、陶芸をやめようと考えたことは一度もありません。還暦を過ぎた今となってはこれしか出来ないからでもあるけど・・。
 
 
 
陶芸と一言で言っても、その世界は千差万別、百花繚乱。美術陶器から茶道具、用の器から前衛的なものまで、現代は様々な表現が咲き乱れています。自分は、陶芸家のもとに転がり込んで技術を覚えた、いわゆる職人あがりの作家になるので、伝統技術を使って今の自分の感性を表現するというスタイルです。伝統技術はあくまで手段に過ぎず、表現するのは今の自分、日常の感性です。現代陶芸というジャンルに入ると思います。今だからこうはっきりいえますが、自分も始めの頃はいろんなスタイルを試していました。タイヤを燃して黒陶を作ってみたり、藁灰釉で萩茶碗に挑戦してみたり。揺れていたんですね。軸がぶれていました。でもそれでよかったんだと思います。
 
 
 
誰でも始めは見よう見まね、真似事からです。様々な事を試してみて初めて、自分にはこれしかないと胸を張れるのでしょう。幅広い表現の自由の中で必死でもがいていると、自然に一番自分らしくて違和感のないものを追求するようになります。必死でもがく、自分を偽らず必死でもがく。それが大切。そして気がつけば、それがだれもやっていない表現世界だったりします。
 
 
 
「人間、ひとつのことでも思うようにいかないものです。だから私はひとつのことをこつこつやっているのです。」
 
とは、私の地元足利を代表する老舗菓子店主の言葉です。自分も歳とともにこの世界に近づいているなあ〜と感じています。東武足利の駅に降り立ったら、この言葉を書いた書家・相田みつをの看板を探して見て下さい。
 
 
 
せっかくの自由業なんだからしがらみに縛られずに製作したいと、どの団体にも所属せず無所属でここまでやってきました。この選択に間違いはなかったと信じています。これからも変わらないでしょう。自分だけのものを作り出す喜びを死ぬまで味わい尽くすつもりです。
 
 
 

カネダ アキラ                

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